2017年の大河ドラマ「おんな城主直虎」の主人公を知っていますか?

戦国時代を生きた「井伊直虎」という人が主役です。


「直虎」というと強い男の人を想像しますが、実は女性なんですよ。男性武将が活躍する戦国時代に名前を残した井伊直虎という女性はどんな人だったのでしょうか。

そこで今回は、井伊直虎について年表を使いながら小学生にもわかるように解説します!

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井伊直虎ってどんな人?小学生にもわかるように解説!


井伊直虎は1530年代に遠江国(現在の静岡県)に生まれたと考えられます。
生まれた年は正確には分かっていないようです。


直虎の父・井伊直盛は井伊谷城の城主でしたが、跡継ぎとなる男の子がいませんでした。
そのため、直虎は井伊直親という人と婚約をします。

ですが、この井伊直親が行方不明になったり、父親の戦死が重なったりしたため、直虎は井伊家を守るために自分が当主となることを決めます。男性が家の当主になるのが当たり前の時代に女性当主として政治を行う決意をした直虎は、とても立派で芯の強い女性だったと言えますね。


井伊家の当主としてスタートを切った直虎ですが、困難が続きます。

女性当主ということで家来が言うことを聞かなかったり、今川氏や武田氏の割り込みによって居城である井伊谷城を奪われてしまったりします。この時、直虎は徳川家康に協力や保護を求めることで乗り切りました。


直虎には子どもがいかなったため、井伊家はいずれ途絶えてしまうという状況にありました。

そこで、婚約者の子どもである井伊直政を養子に取り、井伊家の当主にするために育てます。
直政が家康に仕えるように手配したのも直虎であったと言われています。

直政が家康の部下として急スピードで出世したことを考えると、直虎は先を読む力も優れていたのかもしれませんね。

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井伊直虎の生涯を年表を通して解説


ここからは、井伊直虎の年表を、小学生にもわかりやすい形式でご紹介します。

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▲1530年代
井伊直盛の娘として遠江国(現在の静岡県)に生まれる。


▲1544年
婚約者である井伊直親が身の安全のために逃げて行方不明になる。
許嫁であった直虎も出家をし、「次郎法師」と名乗る。


▲1560年
父・直盛が桶狭間の戦いで戦死する。


▲1564年
直虎が井伊家当主になる。


▲1570年頃
婚約者である井伊直親の子供、井伊直政を養子に迎える。


▲1575年
井伊直政が徳川家康に仕える。


▲1582年
井伊直虎が亡くなる。

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井伊直虎の年表をご紹介しました。

いつ頃生まれたのか、晩年はどのような生活を送ったのか、井伊直虎の一生はよくわからないことが多いです。直虎の人生とは、直盛と直政との間をつなぐ「女当主」として活躍した時期にだけ記録が残っているのが特徴的ですね。

井伊直虎死後の井伊家はどうなったの?


井伊直虎の死後、井伊家はどうなったのでしょうか。

井伊直虎の跡を継いだ井伊直政は家康の部下として出世をします。
「徳川四天王」と呼ばれるまで出世した直政は、関ヶ原の戦いでも大活躍をし、家康から近江(現在の滋賀県)という重要な土地を与えられました。

その後の井伊家は、代々彦根藩主として近江を治めると同時に、大老という重要な役職につく人を出す家柄にまでなります。幕末にはあの有名な大老・井伊直弼を誕生させました。

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この記事のまとめ


2017年の大河ドラマ「おんな城主直虎」の主人公である井伊直虎という人物について、小学生にもわかるようにご紹介しました。

井伊直虎とは井伊家を支えるために一生を捧げた、とても立派で強い女性だったのでしょう。
戦国時代という男社会を「女当主」として生きるのはとても大変だったと思います。

直虎は、徳川家康などをうまく頼りながら、父・井伊直盛から養子・井伊直政までの間をつなぐことに成功しました。直虎の努力と目的が報われてよかったですね。その後の井伊家が発展したことからも、直虎が井伊家の歴史で担った役割はとても大きかったと言えそうですね。